2005年09月08日

読切り編:県警外事課

 県警外事課長の一山は、呟いた。
「おかしいやないか。何が起きとるんじゃ? もういっぺん説明せい」
「それが課長。奇妙なお経が聞こえてくるそうなのでありますが…」
「それは聞いた。頭を言ってくれ、郁道くん」
「は、つまり果物屋の店先で、であります」
 一山は、眉を寄せる。ただの果物屋でないことは掴んでいた。夜ごと数多くの殻をかぶった霊が現れ、しかもその中には明らかに不法入国したと思われる外国産の霊も含まれているという。だからこそ外事の出番になったのだが…。
「霊を調伏するためじゃろが?」とは言ったものの、もちろんそんなはずはない。「いや、あの冷酷非情な男に、霊を成仏させたろっちゅう善意があるとは思えんな」
「は、しかもであります。昨夜は多数の僧侶が近くで目撃されておりますが…」
「なんじゃと? 僧侶の集団!?」
 背中を冷たい汗が流れる。その時、目の前の電話が鳴った。更に嫌な予感を感じつつ、彼は受話器を上げた。部下にスピーカーをオンにするよう手で示す。
「やあ、南畝くん。口子だが、先日の件の続報を伝えておこうと思ってね」
「こ、これは…。先日の件って、あのフジコTVプロデューサー失踪事件ですか?」
「いや、それはもう埋葬済みだ。この意味は解るね?」
「は、はい」今やシャツの背の色が変わるほど濡れている。「フジコTVって何チャンネルだったか、さっぱり解りませんねぇ」額にも浮かんだ汗を必死でぬぐう。「で、口子さん。何の話でしたっけ?」
「もちろん、例の果物屋の件だ。あれは加藤改の管轄になったよ」
「か、かとうあらためが…」一山は息を呑んだ。なぜカンキー和尚が…。
 確かに尋常の業者ではない。たかだかの色変わりでオカヤドカリの値段を吊り上げる悪辣な手口も野放しにできるものではない。だが、変わった色のものを欲しがる消費者だっている。アジアアロワナやクリスタルレッドシュリンプだって、いや金魚でさえ、ちょっとした色の違いでグレード分けされている昨今だ。カンキー和尚部隊が動くほどのことなのだろうか…。
「その疑問は尤もだ。だがな南畝くん。甲殻亜門の体色とは何だ。カロチノイド系の赤色色素アスタキサンチンに、青や紫といった色の結晶を生ずるプロテインが結合したものだ。その結合の強度や色素の多寡によって様々な見た目の色を呈するわけだが、これは棲息環境や食物による影響を強く受ける現象だ。つまり棲息環境や食物が変われば次の脱皮によって変色する」
「ちょっと待ってください」一山は部下の方を向く。「おい、メモは取らんで良い。どうせにわか仕込みだ」
「聞こえたよ。南畝くん。その通りだが、続けよう。棲息環境や食物による獲得形質が遺伝しないのは知っているな? オカヤドカリにも遺伝的要因で様々な変色が見られるのは当然だが、CRSの様に赤色の強い個体を何世代にもわたって淘汰し、純粋培養し、変色を固定していかないかぎりは、そうそう珍しい色が商売になる訳はない。しかもオカヤドカリの繁殖は個人飼育者レベルではほとんど不可能だ。数千円から数万円の費用を使い、毎日小まめなメンテナンスを行い、数百匹のゾエアを数匹のグラウコトエにするのがやっとだ。しかも、その数匹の中に強く変色遺伝子を受け継いでいる子孫が混じっている可能性となるとゼロに近い。つまり投機的価値は全くない」
「なるほど。高値で落札したもののすぐに変色する可能性が高く、例えちょっとばかり珍しい色であったとしても一代限り…。まさに詐欺ですなぁ」
「そうだ。だが、この程度のセコイ詐欺事件で加藤改が動くはずはない。グラウコトエが繁殖できる大きさに育つまで何年かかると思う? それに気付けばネアンデルタール人以上の知能を持つ生き物なら、恥ずかしすぎて生きてはいられないはずだろ」
「二足歩行を憶えて後は、首を括りたくなるほど恥ずかしいことだという意味ですね?」
「いや南畝くん。アウストラロピテクスは既に二足歩行していた。訂正したまえ」
「すみません。要するに我国にネアンデルタール人が生き残っていては問題があるので、外事の私に話が来たのですが、実はアウストラロピテクスだったのでカンキー和尚部隊の管轄に変わったということですね?」
「ややアウストラロピテクスに失礼な表現だが、当たらずと雖も遠からずと言ったところだな」



【今回の登場人物紹介】
一山 南畝(ひとやまなんぼ)=県警外事課長。
郁道 温(いくどうおん)=一山の部下
口子ボス(ぐちこボス)=二課長。島の上司。

【会話に登場した組織の解説】
加藤改カンキー和尚部隊(かとうあらためカンキーおしょうぶたい)
俗姓加藤、得度後カンキー和尚を名乗る謎の人物に率いられた特殊部隊。かなり情け容赦のない手段を採ることで、その筋では有名らしい。蛇足だが部隊の英文表記は「Team Kanky osho」。
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2005年09月05日

二課長に取り次ぐまでもねぇ!

「どうです? 我々はちゃんとした報道をしたでしょう」
 したり顔で現れたフジコTVのプロデューサーに、島の怒声が飛んだ。
「何を抜かしやがる!この外道が! オカヤドカリはペットとして飼いならされた生き物じゃねぇ!人間と友達にはなれねえんだ。それをなんだ? 癒し系ペットとは、一体全体どういう料簡で報道してやがる」
 プロデューサーの顔色が急変した。
「で、でも、ちゃんと茶の間に伝えたじゃないですか。愛情を込めて育ててあげなければいけませんよって…」
「クソ野郎! そんなことは胡乱な詐欺紛いカルト業者でも、腐るほど言い続けてんだよ。良いか、よく聞け。生き物活かすに身勝手な愛情なんてのは要らねえ。手順と自覚と常識さえありゃ良いんだよ!」
「し、しかし、病める現代人には癒しは必要では…」
「なら、てめえのピーでも勝手に愛情込めて育てとけ! そんな変態野郎を癒すのに貴重な野生動物をばんたび殺さにゃならん理由が、どこあんだ?」
「い、いや、しかし、いじり倒したからって、必ず死ぬとは限らないじゃないですか」
「死ぬんだよ。この俺にイビリ倒されたテメェが明日の朝には冷たくなってるのと、同じぐらい確実なことだ。おい、阿有。一応権利ぐらいは読み聞かせてやれ」
posted by プアマリナ at 19:47| 沖縄 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月01日

緊急番外編:記者会見

「我国の天然記念物オカヤドカリの捕獲は、一部の許可を得ている業者のみが行っている。捕獲方法は餌で吊って無作為に採取するだけだ」
 口子は全く臆することなく報道人のひしめくフロアを傲然と見渡した。
「取り子 --要するにパートだな-- が、無作為に採取し、許可業者が無作為に出荷し、出荷トン数で分化庁に届け出ている。ところが、近年では変わった色やベビーヤドなどといった、ひとたび脱皮すれば並のオカヤドカリになってしまうような代物が、オークション他で高値取引され、珍種・奇種コレクターの様な飼育者も現れている。もちろん、多くの良識的な愛好家は、高値取引されていることが詐欺に近いことを知っているが、残念ながら知らない○○もいるようだ」そこで片頬にニヒルな笑いを浮かべる。「おい、解ってるだろうが、○○はオフレコだぜ」
 口子の弁は続く。
「昨今では、取り子や捕獲許可業者の中にも、変わった色や小さなオカヤドカリが高く売れることに気付き始めたところもあるようだ。売買の段階だけではなく、採取段階で珍種・奇種が珍重されるようになった場合、表に現れてくる届け出数の陰で、その数倍の命が無駄に廃棄されることは、国内外での他の生き物の例を見ても既に結果の出ていることだ。増してや厳格な捕獲規制のある --;並の色で大きさの-- 天然記念物がたどる運命は、それこそ悲惨としか言い様がない!」
「しかしですねぇ、課長さん。色変わりはともかく、ベビーヤドとやらは別に環境には影響ないんじゃないですか?」
 明日新聞の記者から、尤もらしいアジが飛ぶ。口子はそこへ一瞥をくれると、また真正面を向き、口を開いた。
「キサマらの盆も暮も解らん頭に言って聞かせるのもおこがましいが、分化庁への届け出は匹数ではなくトン数でだ。小さいほど高く売るセコい業者には有利な条件だ。昨年辺りから販売されているオカヤドカリが小さい個体ばかりになっていることに、思い当たらないか。小さい個体をたくさん採った方が効率良く売れ、しかも珍しい色が捕獲できる可能性が高いんだ」
「そんなバカな。そんな悪魔みたいな業者が、本当にいるんですか」と、詠売新聞の記者。
「私の知る限り、この悪逆非道な、しかもむっちゃセコい詐欺紛い商法を行っている販売業者は、国内に3者いる。そのうち最も後発の1者が、明日、9月2日のFTV朝のワイドショー“おとくダネ!”で取り上げられるそうじゃねぇか。まさか天下の“おとくダネ!”が、いい加減な取材の末、この悪逆非道な業者を利するような報道を行い、我国の貴重な生き物の絶滅に拍車をかけるようなことをする訳はないだろうな」
 それまで他人事の様にニヤニヤ笑っていたフジコTVのプロデューサーの顔色が、サッと変わる。
「いや、これは課長さん、手厳しいですなぁ」
 会場が笑いに包まれた。
「このクソ野郎ども! 笑ってる場合じゃねぇぞ。キサマんとこの“おとくダネ!”がいい加減な報道をしてみろ。我国の未来は悲惨だぞ。判ってるんだろうな」
「もちろんですよ。ウチは何と言ってもバラエティのフジコTVですから…」
 また、会場に笑いが起きた。
「よーし! いい根性だ。明朝のキサマらの番組が楽しみだ。言っておくが注目しているのは、生き物に興味を持つ一般人だけじゃねぇぞ。ある意味では今回の衆院選よりも注目度が高いんだからな」
posted by プアマリナ at 20:40| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月26日

外伝後日談:Re:「 FW: RE: FW: Re: Fwd: じぶんはいいけど人はだめ?」

前略 疑問に思う様
メールありがとう。二課を代表して私から返信しよう。

> おまえらみたいなのを、メクソハナクソと言わないか?
この後に続くアスキーアートは、何だか判らなかった。すまんな。
どこかの板からコピペしたんだろうが、空白位置がずれてるのではないかね?
また、今後はブラウザとメーラの文字コードの違いも、考慮したまえ。

さて、タイトルも本文も最後が?マークになっていたので、質問であるとの判断に基づき返答しよう。
キサマが神の視座から言っているのなら、答えはイエスと言いたいところだが、メクソハナクソとは言わん。「目くそ鼻くそを笑う」が正解だ。神なら間違わん。
次に、キサマがキサマ云うところのハナクソ側の人間であった場合や、どちらでもない第三者であった場合は、答えはノーだ。
質問の書き出しが二人称複数形になっていることも鑑み、私自身は汚い言葉遣いは嫌いだが、キサマの言葉を借りて整理する。

メクソ=生き物を長く大事に飼っていて、そのライブの経験を、同じ生き物を飼う者と、飼われる生き物のために、無償で公開している者。あるいは、その情報を元に今後大事に飼おうとしている者。あるいは、その情報を充分に鑑みたうえで自分なりの飼育方法を模索している者。

ハナクソ=生き物を消耗品と勘違いし、盗んだ情報の都合の良い部分だけを公開し、ある時は捏造し、あこぎな金儲けの種にしている者。あるいは、その余禄に預かろうとしている関係者。あるいは、そのガセネタに疑義を持たず無神経に支持する者。あるいは、そのガセネタについて深く考えもせず自己の権利のみを拡大解釈し、生命あるものの身を危険に晒して省みない者。

このメクソには、ハナクソを笑う資格は充分にあると思うが、どうかね。
いや笑っている場合ではないな。

 二課長 口子  拝
posted by プアマリナ at 14:45| 沖縄 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月25日

外伝:闘い済んで…。(間欠編)

 うなだれて、引っ立てられていく集団を横目に見ながら、島は口子の元へ歩いていった。
「口子さん、どうもお疲れさまでした」
「島さん、いつも言ってるだろう。そのファッションセンスは、どうにかならないのかね。そんな恰好で歩いてるのは、今どき非番の警察官ぐらいのものだよ」
「実際非番だったんですが…」島は頭をポリポリ掻いた。「いや、そんなことより口子さん。あの自称愛好家どもの騒動の裏には、例の果物屋がかんでます」
 口子は、やれやれというように島を見て、首を振った。
「君は、今さら何を言ってるんだ。私が君を助けるために、この大部隊を繰り出したとでも? それとも、たまたま完全武装の一個大隊を連れて飲みに出たところで、この遭遇戦になったとでも?」
「その後者の方で…。」
「ばか! 果物屋については、色々と調べがついてたんだ。オカヤドカリの飼育情報に関して、他人から盗んだ、それも商品販売に役立つよう歪曲した情報だけを流布させ、商品販売に不利な飼育情報については“オカヤドカリの生態は、はっきりわかっていません”と論理のすり替えを行い、時には巧みに善良かつ無知を装いつつ、今回の石鹸ネタのような、てめぇんとこの高マージン商品を売らんがためのセコいガセネタを流し、被害者の再三にわたる抗議は一顧だにせず、普段は忙しい忙しいと抜かしてるくせに、見かねた善良な人間のしごく真っ当な意見は、あっと言う間に消しちまう。その行状は真に許しがたい」
「なら、そっちの方にも捕方が回ってるんですか?」
「それがだね、島さん」さすがの口子が言い淀む。「この件に関しては、我々は既に管轄外だ」
 島の怒りが爆発した。
「なんですって! そんな馬鹿な! まさか口子さんまで、この件は分化庁の管轄だってぇ、逃げるわけじゃないでしょうね」
「そう怒るな」なだめるように両手を広げた。「ところで、その分化庁なら何度メールを出しても梨の礫で、誰が電話しても“今、担当者は不在です”だ。同じ公僕としてみれば許しがたい怠慢だよな…って、そうじゃない。この件に関しては、既に加藤改が動いてる」
 島は、ハッと息を飲んだ。
「なんと! あのカンキー和尚部隊が!?」
「そうだ。捕獲しやすい繁殖期間中のオカヤドカリを大量に買い漁り、抱卵していると判ったうえで高値で売り捌き、あまつさえ種の多様性保護を全く無視してゾエアの乱放逐を促すような野郎でも、同情したくなってきただろ?」
「幸運を祈りたいですね。ヤツにはきっと、それが必要になるでしょう」
「さてと」口子は表情を和らげ、島から視線をずらした。「阿有くん、矢浪くん、我々の仕事は終わったよ。ご苦労さん。飲み直すとするか!」
 その背中を見ながら島は一人ごちた。
「やっぱり飲んでたんじゃねえか…」



【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。非番を返上。
阿有 追生(あゆついしょう)=若手のピース。島の部下。さっきまで飲んでいた。
矢浪 次大(やろうじだい)=島の部下。キャリア。さっきまで飲んでいた。
口子ボス(ぐちこボス)=二課長。島の上司。さっきまで飲んでいた。

【会話に登場した組織の解説】
加藤改カンキー和尚部隊(かとうあらためカンキーおしょうぶたい)
俗姓加藤、得度後カンキー和尚を名乗る謎の人物に率いられた特殊部隊。かなり情け容赦のない手段を採ることで、その筋では有名らしい。蛇足だが部隊の英文表記は「Team Kanky osho」。
デカ長:島 奥作 外伝〈了〉
posted by プアマリナ at 15:02| 沖縄 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月24日

外伝:二課長の長広舌(捕捉編)

 口子は、朗々と語りだした。
「そもそも石鹸とは何だ? 仮にも洗剤である限りは汚れを落とすものだ。洗剤が汚れを落とすメカニズムは、界面活性作用だ。これは天然素材であろうと合成素材であろうと関係ない。石鹸素地そのものが界面活性作用を持つから汚れが落ちるのだ」
「おい、長くなりそうだぞ」島は二人の部下を振り返り、やれやれといったポーズをした。「先に帰るか?」
「いや、そういうわけにも…」と阿有。またタバコに火を点けた。
 口子の語りは、よどみなく続く。
「界面活性作用とは、簡単に言うと、本来は水に溶けない物質を水に溶けるようにして汚れを浮かす作用と考えれば良い。つまり、我々脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱の生き物の皮膚の汚れを皮脂ごと、あるいは衣類に付着した皮脂などを、水に溶けるように分解するものが石鹸だ。そして、その石鹸によって水に溶かされる物質の主成分は脂肪とカルシウムとタンパク質だ」一息つき、一同を見渡した。「節足動物門甲殻亜門の生き物の外骨格がどういった成分で出来ているかは、説明を省くが、後天性免疫を持たない甲殻亜門の生き物がウイルスや細菌から身を守る先天性免疫物質であるキチンは、外骨格に多く含まれている水溶性の多糖体だ。界面活性作用によって剥き出しにされるべきものではない!」
「でも、刑事さん。ぼくたちが使ってる石鹸は、口に入れても大丈夫なんですよ」
「ふん。私は寿司を食べるし酒も飲むが、エビやカニやヤドカリを酢やアルコールで磨いたりはしない。自分が食べるとき以外はな…。だが良い質問だ。確かに洗剤の中には、特に食物由来の洗剤で、界面活性作用とは別の作用で汚れを落とすものがある。アニオンやカチオンといったイオンの電荷を利用して、汚れ即ち微粒子を電着して取り除く洗剤だ。自然界からの物質で作られているうえ、廃液も比較的無害化されやすいので環境に与える影響も少なく、また我々の皮膚に染み込んだり付着して残留することがないので、洗剤としては素晴らしいものだ」口子は、ここでまた一息入れ、再び一同を睥睨した。「だが、甲殻亜門に使用するには問題がある。本来アニオンやカチオンを、キサマらが学校で習ったような酸やアルカリといった概念に直結させるのは危険な思考だが、どうせ理解できないだろうから、ここでは便宜的に酸やアルカリとしておくと、それが外骨格の主成分である炭酸カルシウムに及ぼす影響は、界面活性剤の比ではない。それは分子、いや、原子レベルでの激烈な作用だ!」
 しんと静まる一同から視線をずらし、口子がこちらをチラリと見る。
「矢浪くん。調書をとる必要はないよ。今まで述べたのは、近所のドラッグストアの店長と魚屋の大将からの受け売りだ。私自身、真偽のほどは解っていないからね」自称愛好家の方へ顔を戻す。「聞いた通り、今までの話は半ばデタラメだ。ところで、私の方からも一つ聞かせてもらおう。キサマらは一体、何のために危険を冒して、それも自分の身ではなく無抵抗の弱い生き物の身を危険にさらしてまで、石鹸で洗おうとするんだ?」
「だって、ハミちゃんの体にダニが着くことがあるんだもん」
「キサマ、親は元気か? 何、元気だ? なら悪いが親も逮捕だな。ダニなど急に飼育ケースの中に発生したりするか。極端に生体管理の悪い悪質な業者から、はなっからダニ着きの物を買わない限りはな。だが騙されたにしてもタチが悪すぎるぞ。ちゃんとした清潔な飼育環境で飼ってやり、しかもオカヤドカリの飼育に必須の海水浴を適宜させてやれば、ダニなどすぐにいなくなるんだ。いやキサマだけが悪いんじゃない。そんなことさえ知らずに生き物を飼い、あまつさえ石鹸で洗おうなんて考えを起すキサマを生んだ親が悪い。他に言いたいことのあるやつはいるか?」
 最早、咳一つ聞こえなかった。
「よーし、ならばキサマらの罪状を説明してやる。よく聞け。生き物を生き物と思わず、自分の思い通りにしてよい人形か玩具のように勘違いし、子供にでも解るような生物の知識さえ持たず、営利目的で口からデマを吐くクソ業者の言を鵜呑みにし、それどころか賛嘆し、業者の言うまま高額商品を次々と買い漁り、第三者にまで奨め、無抵抗の生命ある小さな生き物をいたぶり尽くしたキサマらの罪は、万死に値する。神妙に縛につけ! えーい! 者共、引っ立てぇい!」



【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。非番を返上。
阿有 追生(あゆついしょう)=若手のピース。島の部下。
矢浪 次大(やろうじだい)=島の部下。キャリア。
口子ボス(ぐちこボス)=二課長。島の上司。本編に登場することはないはず…。
サロンに集っていた自称愛好家たち=引っ立てられた。
posted by プアマリナ at 14:50| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月23日

外伝:その夜の島奥作(後編)

 さすがの島も、身の危険を感じる。「ダメだ。こいつら生物的な判断が出来ていねぇ」
 だが、暴徒どもの後方から、別種の反応が起こり、波のようなざわめきが前まで伝わって来た。
「やばいよ。囲まれたみたいだ」
 その言葉を島が理解するより早く、彼には聞きなれた声が会場の外から響いた。
「よーし! クズども動くな! 一斉検挙。かかれ!」
 完全防護服に身を包んだ機動隊員たちが、玉散るジェラルミンの盾を並べ連れ一斉に突入してきた。盾の隙間から繰り出される鋼入り濃紺のグローブが、容赦なく自称愛好家どもの生身の肉体を叩きのめしていく。
「手加減すな! 敵は古今無双のクズどもぞ!」
 隊員たちに意味不明の檄を一つ入れ、阿有刑事が駆け寄ってきた。
「デカ長、危ないところでしたね」
「ああ、追生。絶妙のタイミングだったな」
「ええ、本当に。もうちょっとでも早ければデカ長まで、逮っちまうところでしたよ。しかし」言いながら阿有は、ポケットから出したタバコに火を点けた。「なんで非番のデカ長が、こんなところにいるんすか?」
 阿有の背後の『禁煙』の文字が、ライターの火に浮かび上がった。
「うん。いろいろあってな。ところで追生」島は、阿有の持つタバコを指さした。「ホープは止めたのか?」
「ああ、これですか? 最近ピースに替えたんですよ」

 騒ぎが静まるのを待って、二人は外に出た。外では矢浪刑事が、大勢を前に権利を読み聞かせている。
「いいか、よく聞け。まずお前らには、今から当分は人権はねぇ。もしも登場人物が把握できてねぇやつは、一番右下の“デカ長:島 奥作”というリンクボタンをクリックして、一番下の記事から読んでみろ!」そこで一息つく。「それから、本編が何で進んでねぇのか、疑問に思うやつはいるか? それはな、現実が筆者の予想を遥かに超えて悪くなったからだ。以上だ!」
「でも刑事さん。ぼくたちは何で逮捕されなきゃいけないんです? オカヤドカリ洗う石鹸は、100%天然素材なんですよ」
「それは私から説明してあげよう」
 矢浪の後ろから、パリッとスーツを着こなした紳士が進み出た。インテリ然とした銀縁メガネが、キラリと光る。
「課長」「ボス」「口子さん…」



【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。非番を返上。
阿有 追生(あゆついしょう)=若手のピース。島の部下。
矢浪 次大(やろうじだい)=島の部下。キャリア。
口子ボス(ぐちこボス)=二課長。島の上司。本編に登場することはないはず…。
サロンに集う自称愛好家たち=検挙された。
posted by プアマリナ at 18:47| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外伝:その夜の島奥作(中編)

「なに騒いでるの、オジサン。オジサンのヤドたんは、洗わないの? 清潔が一番でしょ」
 こいつは何を言っているのだ。島には到底理解できないことだった。
「犬や猫ならともかく…」口の中が、からからに乾く。「おい、ヤドカリは毛皮なんて着てねぇよな。あの皮みたいに見えるのは、確か骨だよな。一体何のために洗うんだ?」
「そんなの関係ないって、石鹸で洗ってやったら、奇麗になるもん」
「い、いや、見た目についての見解はともかく、ただでさえナイーブな生き物の体を、ゴシゴシこすっちゃったりしたら拙かねぇか。しかも石鹸使うって…」
 ほとんど泣き声になっていた。ナイーブなどという使い慣れない外来語を使うことからして、既に尋常の精神状態ではない。
 石鹸で洗うとは一体…。水のPhが合わないぐらいで脱皮に失敗して死んでしまう生き物の体に、石鹸を塗りたくるとは何故…。見るからに細かいパーツの組み合わせで出来てる節足動物の体を、人間様のゴツイ指でこねくり回すって何…。ちょっと驚いただけで必死で貝殻の中に引っ込む臆病な生き物を、有無を言わさず引っ張り出して奇麗にする必要性は何処に…。
 客を客とも思わず、商品さえ大事にせず、客の手元に届いて暫く生きていさえすれば成り立つような外道商売を生業とする悪徳業者が、同じく酷薄で無神経な客の目を謀って、瞬間的に商品価値を上げるためだけに、生き物を石鹸で磨くというのなら、解りたくもないが判らぬでもない。ひょっとすると洗った直後だけはヤドカリの外骨格が変色し、オークションの落札価格を引き上げてくれるかもしれない。
 だが、完全に末端消費者である自称愛好家が、自分の飼育している生き物を石鹸で洗う必要が、一体どこにあるというのだろうか。
「だって、石鹸で洗わないと、臭いし汚いでしょ」
「てっ、てめえら! それでも人間か!」
 この人間なら当たり前の、島の叫びは、魑魅魍魎集う黒ミサの席では危険極まりない代物だった。
「あ、オジサン、もしかすると“自分は良いけど他人はダメ”っていうファシストの人?」
 自称愛好家たちの間に、ざわめきが拡がった。
「何だって? 自分は良いけど他人はダメっていうマルキストが紛れ込んでるの?」
 たちまちサロンは修羅場と化す。あちらこちらから意味不明の怒号が飛んだ。
「グリーンピースだ!」「ネオコンだ!」「ナチだ!」
「2ちゃんねラーだ! いや、カプセル詰め反対の会の運動員だ!」
 暴徒と化した自称愛好家たちが、神憑り的に殺気立った目で、島を取り囲んだ。


【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。非番を返上。
サロンに集う自称愛好家たち=外道。ケダモノ。彼らを人類と呼べるのなら、筆者は喜んで人類を辞める。
posted by プアマリナ at 12:44| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月22日

外伝:その夜の島奥作(前編)

「こいつぁ…。生き物の玩具扱いなんて生易しい話じゃねぇ…」
 元店員から聞いた情報を頼りに、非番を返上して愛好家の秘密のサロンに潜入した島は、そこで交わされる会話の、あまりのおぞましさに息を呑んだ。「こりゃ愛好なんてもんじゃねぇ。カルト教団だ」
 島が、まず愕然としたのは、自称愛好家たちが決まったように口にする“ジセツ”という暗号のような言葉だった。
「ぼくのヤド太郎なんだけどさ、昨日、ジセッちゃって、脚が一本足りないのは不細工だから、ほかしちゃおうかな」
「そうだよねぇ。次の脱皮まで待ってられないよね。ちゃんと再生するかどうか不安だし…。新しいの買ったら?」
 もとより生き物については、あまり詳しくない島だったが、それにしてもオカヤドカリの脚がそう簡単に取れるような物でないことは、見ただけでも判断がつく。販売店での管理が不適切で、店頭で既に足が取れている(そして50円引きになっている)様なものを除けば、あまりに大きさの違う物を狭い容器で不必要に多数飼育していたり、飼主が自己満足だけのために嫌がるオカヤドカリを無理矢理いじり倒したりしない限りは、脚など簡単に取れる訳はない。
 そもそも“新しいのを買う”とは、一体どこからそのような悪魔の発想が生まれてくるのか。
 島は“人の心”を持っていたがゆえに、不幸だった。この異常カルト集団の中においては…。
 一頻り自切の話で盛り上がった愛好家たち。茫然自失とする島を尻目に、話が小康状態に陥ったと、ホッとするまもなく、彼の左後方から甲高い声が響いた。
「新情報!! あのさ、ヤドたんの体を石鹸で洗ってやるのが、最近の流行りなんだってさ!」
 ついに島は落ちた。目の前が真っ白になり、意識は奈落の底へ落ち込んでいく。このまま闇の中へ吸い込まれていくのかと思う間もなく、体の奥底から真っ赤に焼けた怒りが吹き出し、彼を正気へと引っぱり上げる。
「キサマら! ヤドカリを石鹸で洗浄するダと!?」
 だが、この島の、人間なら当たり前の感情の発露は、この場においては更なる不幸を招き寄せることになる。


【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。非番を返上。
サロンに集う自称愛好家たち=外道。クソ野郎。「知らなかった」で済まされるような生易しい者共とは違う輩。ちょっと普通では思いつかない臓腑を抉るような罵倒を浴びせても足りないほどの凶悪な連中。筆者は同じ空気を吸うのもイヤダ。
posted by プアマリナ at 21:42| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月19日

番外編:ある日の島奥作

「おやっさん。ヤドカリ5匹、注文入りました」
「ん? ほな適当に10匹ぐらい見つくろって郵送しとけ」
「じゃけぇ、おやっさん。ご注文は5匹やないですか」
「こんなあアホか。5匹注文した客に5匹送って、1匹でも死んどったらどないなる思うとる。大騒ぎしよるで。10匹ぐらい入れといたったら、2、3匹死んどっても騒がんやろが」
「はぁ、なるほど。さすがはおやっさん」
「ヤドカリみたいなもん、タダ同然で、どんどん沖縄から送ってきよるから、5匹も10匹も変わらん」
 しきりに感心しながら、佃煮のようにひしめく貝の中から適当に10匹ほど掴み、梱包しようとする。中身が入っていようがいまいが、特に気にならなかった。
 と、その背に、怒号が飛んだ。
「ドアホ! いま、こんなあが手にしとうヤツ、よう見てみぃ!」
「え? 普通のヤドカリと違いますの?」
「そのピンク色のヤっちゃ。ちっこいピンクの」
 彼は、今しも梱包しようとした粗末な紙の箱を再び、恐る恐る覗いた。
「…って、おやっさん。こりゃぁどう見ても茶色にしか見えませんで」
「ボケ! そんなもん写真撮ってネットに晒したら、何色にでも見えるんじゃ。ピンクパープル系アーマンとか適当に名前付けて、サクラ使うて値段上げてったら、5千円は固い。そいつは別にしとけ!」


 果物屋の店員だったというこの男の告白に、島は愕然となった。
「おい、そんな外道商売が罷り通ってるのか? 世間では」
「はい。刑事さん。しかもね、お客さんからはサービスが良いって、評判の店だったんですよ」
「とんでもない話だな。一体、世の中どうなってるんだ」
「でもね、刑事さん。外道商売とおっしゃいますが、客だって似たような連中ばかりなんですよ。おやっさ、じゃなかった、店長いつも言ってたんですけどね」
「なんて?」
「こない虫ケラみたいなもん飼うとるヤツは、アホばっかりじゃ。別にヤドカリが生き物やと思うとらんし、ちょっと相談乗るふりして、ガセネタつかましたったら、すーぐなついて来おる。ちょろいもんや。ってね」



【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。非番。
彼(この男)=元店員。なぜか果物屋でオカヤドカリを売っていた。
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2005年03月11日

第九話:驚愕の事実

 それ以後、素直になった納野から話を聞きだすことは簡単だったが、その内容は到底理解しがたいものだった。
「なんだと! 水道水とポップコーンだけで飼えるだと? そんな生き物がいてたまるか」
「いや、でも本当なんです」
「そうなのか? うーん…。確かに俺の親父も戦時中は芋の蔓だけ喰ってたらしいしな。だが早死にしたぞ」
「はあ、それはお辛かったでしょうね。刑事さん」納野はわざとらしく哀しげな表情を作る。「人間の場合は色々な物を食べないと栄養が偏ってしまいますからねぇ」
「ヤドカリは違うってのか?」
「はあ、生き物には色々なのがいましてね。例えばフリソデエビってエビはヒトデの内臓だけを専食しますし、ソウシハギなんて魚もイソギンチャクの仲間のね、小っちゃなポリプばっかり好んで食べてるらしいです」
 島には全く判らない生き物の名前が、納野の口からスラスラと出てくる。奇妙だ。
「随分と生き物に詳しいじゃねえか、マネジャーさん」納野の顔色がさっと変わる。「で、その生き物に詳しいマネジャーさんとしては、本当にその陸に住むオカヤドカリとかってヤドカリは、ポップコーンと水だけでも長生きすると自信を持って言えるんだな?」
「いえ、メーカーさんから…」
「メーカーさんじゃねぇ!」島はまた芝居を打った。机をバンと叩く。「メーカーさんはこの際、関係ねぇ! あんたの、生き物が好きなあんたの意見が聞きてぇんだ。矜持としてだ」
 再び納野は泣き崩れた。
「ぅああああ……。すみませんでしたぁ。刑事さん。でもメーカーさんからは、簡単に飼えるよう言うように指導されているんです。本当は、本当は色んな食べ物を与えないと長生きさせられないんですぅうう…」
 半ばヤケクソ気味の嘘泣きだと、島にはとっくに判っていたが、声音を和らげて言った。
「解るよ、マネジャーさん。あんた家族がいるんだもんな。刑事ってのは鬼じゃねぇ。他人様の飯の種にまでどうのこうの言うつもりはねぇんだ。だから、そのメーカーさんの名前をこっそり俺に教えてくれ」
「ToMy玩具さんです」

【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。顔が怖い。
納野マネジャー(なんのマネジャー)=等級バンズのマネジャー。

【今回の登場企業】
ToMy玩具(トゥマイがんぐ)=ポップコーンが大好物で水道水で飼える色とりどりの貝殻を背負った面妖なオカヤドカリ「ハーメイトクラブ」の発売元。
posted by プアマリナ at 11:59| 沖縄 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月05日

第七・八合併話:等級バンズ喫茶部

 等級バンズほどの店になると、喫茶部とは言え、そんじょそこらの大衆食堂よりも立派な献立があって、社員食堂をも兼ねているのだろうか、カレーやハンバーグ、スパゲッティといった洋物から炒飯や餃子などの中華料理、うどん・そば、丼といった和物まで各種取り揃えたメニューが並んでいる。
 但し、椅子や机は在り合わせなのか在庫処分なのか、事務用デスクにソファを置いたものや、キッチンテーブルにパイプ椅子を置いた様なものまであって、渾然としている。
 納野と名乗った男は、ソファに両足を投げ出して座り、さっきとは打って変わった人を見下したような目で島を睨んでいる。要するに態度がデカイ。
「なんだ、あなた刑事さんだったんですかぁ。芝居して損したよな」
 その一言だけでも器量が知れようというものだが、今までに島は何度この言葉を聞いたことだろう。相手が公僕だと知った上で、なおかつ人格の変わらない人間というのに、今まで会ったことがない。強いて言えば交通課の助っ人で検問に入った際、相手が警察官だと知って余計に低姿勢になった男がいたが、それはベロンベロンに酔っぱらったドライバーだった。
「で、その刑事さんが何の用ですか? こちらは善良な市民ですからねぇ、妙な言い掛かりをつける気でしたら、マスコミに訴えますよ。オイコラ警官現るってね」
 さすがに昼時をとうに過ぎているせいか、フロアの端の方にコーヒーを飲んでいる者が一人いるだけで、他に従業員らしき人間は誰もいない。その一人も、こちらの不穏な空気を察したのか、それとも単にコーヒーを飲み終えたのか、入れ違うようにそそくさと出ていった今、厨房の中に人の動く気配がするのみだ。
「いや、別に文句をつけようってんじゃないんだけどね、一つ聞きたいんだ。妙なペイント貝殻について…」
「令状は?」
「何!?」
「まさか捜査令状もなしにそんなこと聞きに来たんじゃないでしょうね?」
 こいつは一筋縄じゃいかねぇ、と、島は気を引き締めた。
「ほう、するってぇと、等級バンズってのは客が商品について聞くのはナシなのか」
「お客さんなら別です」納野はニヤリと笑った。「あなた客ですか? 客だったとしてもね、刑事さん。この等級バンズは夢を売る店ですからねぇ、まさか我々善良な市民が血の汗流して収めた税金を、あんたの夢のために使おうってんじゃないでしょうね、え!? 刑事さん」
 納野は手の平で勢い良く机を叩いた。
 ダメだ。こいつはトルしかねえか…。島の視線が虚空を泳ぐ。いや短絡はいかん。宙を彷徨った彼の目が一瞬メニューの上で停まり、キラリと光った。
「どこ行くんですか? 刑事さん。逃げるんですか、ええ!?」
 居丈高な声を背に、しかしそんなものには全く頓着なく、島は券売機へと向う。
 “ご注文はこちら”と書かれた小窓に食券を差し出すと、白い三角巾を着けた女の子がにこやかに、黄色い札を受け取った。
「すまんな、お姉さん。ちょっと込み入った話をしてるもんで、出来たらあそこまで持ってきてくれないか」
「承知しました」
「何分ぐらいで出来る?」
「5分少々、お時間を頂きます」
 島は満足そうにうなずいた。ヤツの命、あと5分だ。

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posted by プアマリナ at 21:19| 沖縄 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月10日

第六話:極悪非道の輩

 あまりのことに、顔が強張るのを感じた。こんなことが許されていいものなのか。島は、この惨たらしい“悪役グッズ”たちを、直ちにぶち壊したいという衝動を抑えかねていた。
 緩慢に、真綿で首を絞めるように、生き物を苦しみぬいて死なせていくぐらいなら、いっそそうしてしまいたかった。エビや魚などといった痛点の曖昧な生き物でも死の恐怖は感じているはず。ここまで入念に残虐な方法で殺されるぐらいなら、一瞬の安楽死を迎える権利ぐらいは法の下に認められても良いはずだ。
 ところが、等級バンズに怒りをぶつけてることはできないのだ。買うやつがいるから売るんだと、開き直るケースは今までにもあった。法的にも種々の網目をくぐり抜けた上での狼藉なのだ。
 もちろん、こんなものを買う消費者でさえ、罰する法律はない。法的に問題があったとしても立証することは難しい。
「お客様…。お客様!?」
 茫然自失の島に向って、甲高い声をかける者がいる。
「お客様、ハーメイトハウスをお探しの方では?」何が可笑しいのか、へらへらと薄ら笑いを浮かべた男だった。「私、当フロアのマネジャーで、納野と申します。6F天然素材売場の忠野から承り…」
「はあ、これはご丁寧にどうも…」
 市民に愛される警察官を自認する島は、ペコリと頭を下げた。とはいえ二十年は昔の田舎ヤクザのような身なりに、昨日十敗目をきっしたファイター型ボクサーみたいな顔が乗っているのだから、ちょっと頭を下げたぐらいでは愛されようがない。
 納野と名乗ったマネジャーの顔が蒼ざめた。
「あの、お客様がハーメイトハウスをお探しだと承ったもので…」
「なんだ? そのハーメイトとかってのは」
「ひぃっ…。お、お客様。そのお話でしたら、あちらの喫茶部の方へどうぞ。こっ…、ここでは他のお客様のご迷惑になりますので」
 それは、決して言ってはならない言葉だった。島の眼がギョロリと獲物を捉えた。
「迷惑? それはハーメイトたら言う話が、他の客の迷惑になるぅいう意味か?」
「うっ、あっ、ひっ…」
「ひょっとすると番頭はん、このワシが、ここにおるだけで迷惑ぅ言うてんのと、ちゃうやろな!?」
「っきゃっ、ぴゃぁー! お客様、ご勘弁をぉ。わたしには女房もいます。小さい子供もいます。女の子です。3歳ですぅぅぅーーぁあ!」
 泣き崩れるマネジャーを、島は呆気にとられて見下ろした。迷惑というんなら、こいつが最も客に迷惑かけているんじゃあるまいか。
「おいおい、分かった分かった、番頭さん。分かったよ。喫茶部だろうとなんだろうと行ってやろうじゃねぇか」
「たっ…助けへ…。殺さないで。来年の春には下の子供も生まれるんです。老いた両親とも同居なんですぅ。妻の親なんです。だから、お願いだから殺さないでぇ!」
 ようやく周囲の客の目が二人に集まりだした。島は、何やらアホらしくなってきたが、マネジャーの最後の言葉が頭の片隅を過った。視界の端っこにはまだ、小さなボトルの中で無表情にこちらを見つめる、小さな赤いエビや、メダカの様な赤いヒレの魚が入っている。
「お願いだから殺さないで、か…」
 島の片頬に、一瞬のことだったが、冷酷非情な陰が走った。
「おんどれ、お願いだから殺してぇ言うて、叫び出すぐらいまでナブったろか?」


【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。顔が怖い。
納野マネジャー(なんのマネジャー)=等級バンズのマネジャー
posted by プアマリナ at 20:36| 沖縄 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月06日

第五話:怪しい店員

 等級バンズ。元々はDIY、アクセサリー・小物用の素材や工具などを売っていた大規模小売店で、それだけでは商売が成り立たないためか、最近では既にして完成した、バラエティグッズ売場が拡張の一途をたどる妙な店だ。
 何でも「きゃわいーン」とか言って欲しがる、完全に主体性の欠落した客層に、「癒し系○○グッズ」と銘打ったコンセプトもクソもない、珍妙な物品を売りつける類の悪質なバラエティショップと言えるだろうか…。
 あの邪悪な貝殻を販売しそうな店ということで、島の勘働きは決して狂っていないはずだった。だが彼がいくら探しても、イチゴはおろかスイカの模様でさえ入った貝殻一つ見付からない。かろうじて“天然素材”コーナーに、海辺の土産物屋で見るような、そこらの海岸で拾ってきました然とした普通の貝殻を見付けたのみだ。
「あのー、すみません」たまらず島は、濃い緑色のエプロンを纏った店員に声をかけた。「あのー、おじゃましますぅ…」
 何かの作業をするふりをしていたアルバイトらしき青年が、さも迷惑そうに、あるいは己の不運を神に託つかのように、険しい眉間の皺を隠そうともせず島を睨み据えた。
「はあ!? 俺っすか?」
 誰でっか謝ってんのは?とか、邪魔すんねやったら帰ってか!とか、そんな気の利いた返事を期待していたわけではなかったが、仮にも客に対してこの態度は何だ。いやよく考えてみると客ではないのだが、それにしてもだ。
「あんなぁワレ!」おっと、しまった。十数年ぶりに地が出てしまった。「俺はないんちゃうけ!」こうなるともう一度仮面をかぶり直すのに時間がかかるんだ。「この貝殻のな、ごっつぅえげつない色塗ったヤツあるやろ。どこや?」
 深緑のエプロンに忠野という名札を付けた、彼自身としてはこの世で最も運の悪い人間だと思っているであろう青年は、やおら態度を改めた。
「ははぁ! 相申し訳ござらぬ。その御貝殻にございますれば、B1Fのヒーリンググッズコーナーの方にて、当今お売り致しておったかと心得申しそうらえども…、しかとは相分からず。フロアマネジャーの方にご連絡の方、致しておきますれば、お客様の方、それにて一件落着の方で宜しかったでしょうか?」
「あ? 何のこっちゃ解らねども、良きに計らえ、あのよろし…」
 島も、釣られて思わずシドロモドロになりながら、ともかくB1Fに行ってみれば良いんだろうと腹を括り、エスカレータに乗る。
 それにしてもヒーリンググッズとは一体どういうことだ。あんな毒々しいサイケな貝殻を見て癒されるほど、現代人とは病んでいるのか。それともあの忠野という青年の言い間違いで、ヒーリングではなくヒーラーグッズということなのか。それなら納得できる。
 そして、B1Fで、島は自分の想像が間違いではなかったことを知る。件のコーナーで彼が目にしたものは、“ヘロヘロ”という商品名で売られる『ハワイ産エビ営利誘拐強制監禁致死ケース』や、“コッパー”という商品名の『中華的鯉科小魚監禁致死瓶』だった。
「こりゃぁ、酷ぇ。悪役どころか本物の悪魔でもここまではやらんぞ…」


【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。
忠野店員(ただのてんいん)=等級バンズの店員。言語不明瞭にして意味も不明な青年。
posted by プアマリナ at 19:45| 沖縄 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月01日

第四話:禍々しき宿

 雑布が言ったように、参野場ビーチに横たわるホトケは、一糸まとわぬ素っ裸。象牙色の体、関節部分が薄いオレンジ色で、足の中程が紫がかっている。飛び出した目は虚ろに海を眺め、その横顔には望郷の念とも、怨みの表情ともとれそうな複雑な色合いが浮かんでいる。
 果たして、これが自然死を迎えたヤドカリだと言えるのだろうか。
 もう一つ、キャリアのない島の目にも普通のヤドカリと違って見える点がある。足が異常に太い。ひょっとすると水死の兆候なのかもしれないが、ヤドカリの土左衛門など聞いたこともない。水死なら足だけでなく尻尾だって…。
「ン? 待てよ。確か現場からの報告では『尻尾は湾曲、但し貝殻の中にあって確認できず』と言っていなかったか?」
「いえ、自分がそう推察しただけで、本当にそう言ったのかどうかは…」
「いや、言ったはずだ。いずれにせよ尾部は確認できなかったはずなんだ。雑布の野郎、何か隠していやがるな」
 島と矢浪が顔を見合わせているところへ、鑑識の郷安がやってきた。
「ようデカ長。遅いじゃないか。また豚丼でも喰ってたのか」
「おう、ヘッド。今日はサバも食ったぜ。いや、そうじゃなくてな。このホトケさん、ひょっとすると一課長が来た時には殻をかぶっていやしなかったか?」
 郷安は眉をしかめ、遥か昔のことを思い出しでもするように首を捻った。
「うーん。雑布さんが来たときはどうだったかなぁ…」
「頼むよヘッド。何でもいいから思い出してくれ」
「いや、すまん。思い出せねぇな」本当にすまなさそうな顔をする。「俺がホトケの体から貝殻を外したのは、ヤッコさんが来る前だったと思うんだがなぁ」そう言いながら胸のポケットからビニール袋を取り出した。「この貝殻なんだがな。どうにも奇妙だろう」
 それは、凡そ奇妙などという生易しい言葉で表現できるような代物ではなかった。毒々しい赤と緑のエナメル質の塗料でイチゴ模様に塗られ、ネイルアートの様にテラテラ光る、この世の物とは到底思えそうにない禍々しい貝殻だった。
 島は、この瞬間、このヤマが事件であることを確信した。間違いなく性格異常者の犯罪だ。
「よし、ビンゴだ。間違いなく凶悪犯罪だ。この貝殻の線から当るぞ」
「はい」と矢浪が勢い込んだ。「これで一課長を見返してやれますね」
「そうだ、その意気だ。まずはこういう貝殻を平気で売りそうなバラエティショップを当るぞ。お前は大通りのイット八日堂を当れ。俺は駅前の等級バンズだ。阿有も呼べ。ヤツは海岸通りのkeyD蘭堂に行かせるんだ」


【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。
矢浪 次大(やろうじだい)=島の部下。グッピー飼育歴10年のキャリアを持つ。
郷安ヘッド(ごうあヘッド)=鑑識の班長。手が早い。
posted by プアマリナ at 11:03| 沖縄 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月25日

第三話:参野場ビーチ死骸遺棄事件!?

 参野場海岸の現場には、すでに黄色と黒のテープが張りめぐらされ、その中で紺のフード付きジャンパーを着た鑑識の連中が忙しく動き回っている姿が見られた。その真ん中で白い布をかぶされているのが、ガイシャだと思われる。
 矢浪を伴って現場に近づいた島の前に、パリッとしたスーツを着こなした四十絡みの男が立ちふさがった。
「よう、デカ長。二課は今頃お出ましか。大方また豚丼でもパクついてたんじゃないのか?」
 見るからにエリート然とした、この一課長のことを常から島は嫌っている。ブランド物のスーツに長靴は似合わない。
「雑布さん、早いっすねぇ。もしかして、あんたがホシじゃぁないですか?」
「フン」鼻で笑い、雑布は言った。「今一回りしてきたがな、こりゃ事件性は薄いな。ホトケはヤドカリなんだが、海にヤドカリがいても何の不思議もないしな。勝手に死んだんだろう」
「でも一課長、ヤドカリは磯にはいるけど、こんなビーチには普通いないんじゃないですか?」と矢浪。「だれかがここで殺したってことは考えられませんか?」
 雑布は矢浪をジロリと睨みつけ、言った。
「そんなのは最初に潰してある。いいか青二才。あのホトケはな、素っ裸で死んでるんだ。誰かが殺したんなら貝殻の破片が落ちてるし、ホトケの体にも何らかの傷が付いてるはずだ。だがあのホトケには傷一つねえ。それどころか足一本と取れちゃいねえんだ」
「すみません」
 蚊の鳴くような声で謝り俯いた矢浪を、勝ち誇ったように見下ろし、島に目を向けた。
「ま、そういう訳で一課はもう引き上げるとこだ。このヤマはやるよ。二課は二課で勝手に調べてもかまわんぞ」
 言い捨てるや、さっさと立ち去った。
「あの野郎、威張りくさりやがって…。これだからキャリアは嫌いなんだ」島は、すっかりしょげかえった部下に目を向け、励ますように言った。「おっと、すまん。お前もキャリアだったな」
「はあ、でも自分はグッピー飼ってまだ10年ですから…。一課長はアロワナ歴20年のベテランですし、比べ物になりませんよ」
「そうか、キャリアにもいろいろあるんだな」
 しんみりした口調になる。遠い昔、祭の夜店で貰った2匹の金魚 -- 1匹も掬えなくても2匹は貰えるシステムだった -- を三日で死なせてしまい、一週間泣き暮らしたのが、島にとっての唯一のキャリアと呼べるものだった。
 だが、アロワナは金魚を喰う。
「なあ、次大。グッピーでもキャリアはキャリアだ。アロワナと大した違いはねぇ。この事件には雑布が見逃したウラがあるはずだ。そう思って、もういっぺん調べてみようぜ」

【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。
矢浪 次大(やろうじだい)=島の部下。グッピー飼育歴10年のキャリアを持つ。
雑布 刔(ぞうふえぐる)=一課長。アロワナ飼育歴20年のバリバリのキャリア。
posted by プアマリナ at 11:56| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月18日

第二話:いつも事件は突然に

「デカ長、事件発生です。参野場海岸にホトケ!」
 電話を切るなり立ち上がった矢浪刑事。二課の面々に緊張が走った。
「よし、次大。俺も一緒に出る」
 島も自分の上着を掴むなり、一緒に駆け出そうとする。が、ふと自分の席に目をやった。「いや、ここは慌てても仕方ねぇ…」
 躊躇した挙句、座り直し、一口に残りの豚丼を頬張る。参野場海岸なら車を飛ばせば5分の距離だ。
「デカ長、さっきの凄かったですねぇ」
 車を急発進させながら、矢浪が水を向けてくる。なに、あの程度の冷めた丼ぐらいなら一口だと嘯き、島は言った。
「次大、やや急げ。また一課に先を越されたんじゃ、たまらねぇ」
 無線を通して事件の緊迫度合が如実に伝わってくるが、第一報で現場に駆けつけたのはまだ若い巡査らしく、連絡の内容が今一つ要領を得ない。
--- ・・・ガイシャの年齢・性別は不明。甲長およそ・・・・・・は、アイボリー・・・ ---
--- 頭切れ。尻尾切れ。再び送れ! ---
--- ・・頭は・・・尻尾は湾曲、但し・・・の中にあって確認できず ---
 たまらず、島は無線のスイッチを切った。尻尾が湾曲だと。何を言っていやがるんだ。
「おい、次大、今の意味判るか? 甲長だと? 尻尾が曲がってるてぇとガイシャはエビか?」
「デカ長、多分、ヤドカリでしょう。『尻尾は湾曲、但し貝殻の中にあって確認できず』と、そう言ったんじゃないですか…」
「ほう、さすがバリバリのキャリアは違うな」一応、感心して見せる。「だがデカは現場百遍。それを忘れるんじゃねぇぞ」
「もちろんです。だから、自分は今年の夏季休暇にも、ちゃんと沖縄に行ってきました」
 なるほど俺は夏休みも取れなかったな、と島は遠い目を車外に向けた。その目に[参野場ビーチ]と書かれた看板が段々と大きくなって近づいてくる。


【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。
矢浪 次大(やろうじだい)=飼育歴10年以上のキャリアを持つ。
posted by プアマリナ at 16:25| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月12日

第一話

 奥作の耳には、遺族の口から飛びだした怨みの声が、いつまでも残っていた。
「数年以上生きる様なペットを一年やそこらで死なせてしまった場合は、☆になったのでもなければ、死んだのでもなく、殺したと言うのです」
 なるほど、言葉は正しく使いたいものだと思いながら、奥作は、冷めてしまった豚丼に視線と生卵を落とした…。
「デカ長、聞き込み行ってきます」
 若手のホープ阿有が、伊勢屋の定食を平らげる間もなく、慌ただしく駆け出そうとするのを押しとどめ、署内でも知らぬ者のないその鋭い目をギョロリとひん剥き、奥作は言った。
「おい追生、まあ座れ」
「はぁ、自分サバ喰うとブツブツ出るんすよ。デカ長、喰っていいっすよ」
「ホントか…。じゃない…。いや、サバはありがたくもらっとくが、おい追生よ。殺ペットには必ず共犯者がいて、場合によっては飼育者がホンボシじゃあない場合もあるんだ。その辺は判ってんだろうな」
「またデカ長得意の若手イビリが始まりましたか…」
 横から口を出したのは、二課の最古参にして平刑事の比望。言いながらも、利き手の左手に箸を握ったまま阿有の残したサバから目を離さないとは油断ならない。
「中さんは、黙っててくれんか」そう言いながらサバを箸で押さえ、奥作はまた阿有に目を向けた。「どんな共犯者が考えられるんだ。言ってみろ」
「はあ…」手にしたコートを机の上に置き、阿有は目を虚空に据えた。「正しい知識を与えなかったペットショップ、間違ったブームを作ったメディア、ペットを生き物と思わないバラエティショップ、儲けるためならなんでもする企業、えーっと、それから…」
「これだ!」
 奥作は出し抜けに大声で叫んだ。それほどこのサバは旨かった。


【登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。
阿有 追生(あゆついしょう)=若手のホープ。奥作の部下。
比望 中省(ひぼうちゅうしょう)=平刑事。
posted by プアマリナ at 21:31| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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