2005年01月05日

第七・八合併話:等級バンズ喫茶部

 等級バンズほどの店になると、喫茶部とは言え、そんじょそこらの大衆食堂よりも立派な献立があって、社員食堂をも兼ねているのだろうか、カレーやハンバーグ、スパゲッティといった洋物から炒飯や餃子などの中華料理、うどん・そば、丼といった和物まで各種取り揃えたメニューが並んでいる。
 但し、椅子や机は在り合わせなのか在庫処分なのか、事務用デスクにソファを置いたものや、キッチンテーブルにパイプ椅子を置いた様なものまであって、渾然としている。
 納野と名乗った男は、ソファに両足を投げ出して座り、さっきとは打って変わった人を見下したような目で島を睨んでいる。要するに態度がデカイ。
「なんだ、あなた刑事さんだったんですかぁ。芝居して損したよな」
 その一言だけでも器量が知れようというものだが、今までに島は何度この言葉を聞いたことだろう。相手が公僕だと知った上で、なおかつ人格の変わらない人間というのに、今まで会ったことがない。強いて言えば交通課の助っ人で検問に入った際、相手が警察官だと知って余計に低姿勢になった男がいたが、それはベロンベロンに酔っぱらったドライバーだった。
「で、その刑事さんが何の用ですか? こちらは善良な市民ですからねぇ、妙な言い掛かりをつける気でしたら、マスコミに訴えますよ。オイコラ警官現るってね」
 さすがに昼時をとうに過ぎているせいか、フロアの端の方にコーヒーを飲んでいる者が一人いるだけで、他に従業員らしき人間は誰もいない。その一人も、こちらの不穏な空気を察したのか、それとも単にコーヒーを飲み終えたのか、入れ違うようにそそくさと出ていった今、厨房の中に人の動く気配がするのみだ。
「いや、別に文句をつけようってんじゃないんだけどね、一つ聞きたいんだ。妙なペイント貝殻について…」
「令状は?」
「何!?」
「まさか捜査令状もなしにそんなこと聞きに来たんじゃないでしょうね?」
 こいつは一筋縄じゃいかねぇ、と、島は気を引き締めた。
「ほう、するってぇと、等級バンズってのは客が商品について聞くのはナシなのか」
「お客さんなら別です」納野はニヤリと笑った。「あなた客ですか? 客だったとしてもね、刑事さん。この等級バンズは夢を売る店ですからねぇ、まさか我々善良な市民が血の汗流して収めた税金を、あんたの夢のために使おうってんじゃないでしょうね、え!? 刑事さん」
 納野は手の平で勢い良く机を叩いた。
 ダメだ。こいつはトルしかねえか…。島の視線が虚空を泳ぐ。いや短絡はいかん。宙を彷徨った彼の目が一瞬メニューの上で停まり、キラリと光った。
「どこ行くんですか? 刑事さん。逃げるんですか、ええ!?」
 居丈高な声を背に、しかしそんなものには全く頓着なく、島は券売機へと向う。
 “ご注文はこちら”と書かれた小窓に食券を差し出すと、白い三角巾を着けた女の子がにこやかに、黄色い札を受け取った。
「すまんな、お姉さん。ちょっと込み入った話をしてるもんで、出来たらあそこまで持ってきてくれないか」
「承知しました」
「何分ぐらいで出来る?」
「5分少々、お時間を頂きます」
 島は満足そうにうなずいた。ヤツの命、あと5分だ。


 急に自信あり気な顔で戻ってきた島を見て、納野の顔色が少し青くなった。
「なんですか、刑事さん。お腹でも空いたんですか?」
 探るような目つきに卑しさが漂う。
「まあまあ番頭さん。いや、納野さん。ちょっと固い話ばかりじゃ何なんでね、ちょいと世間話でもしようじゃないか」
「フフン。脅した後は懐柔しようって言うんですか。そんな見え透いた手には…」
「あんた、お袋さんは、達者なのか」この鋭い間合いに、納野は物の見事にたじろいだ。すかさず島の第二撃が飛ぶ。「確か、お子さんも小さいんだったよなぁ」
「ひっ、卑怯な! 今さら泣き落としですか。そんな手に乗るもんですかぁぁ!」
 口先には頑迷さが残るものの、明らかに動揺している。百戦錬磨の島がこの突破口を見逃すはずもない。たたみ込むように低い歌声がその口から静かに流れ出した。
「かーさんがー、よなべーをーしてー、てぇーぶくぅううろぉ、あんでーくぅれぇたぁ…」
「ああ! うぉぅ! やめてくれぇ! 私は知らない! おっ、俺は何も知らない!」
「ある日ぃパパとぉ二人でぇ、語りぃああたさぁ…」
「おっ鬼ぃ! あんたは鬼だぁ、悪魔の歌を止めろ、止めてくれぇ! 俺は何も知らないんだぁぁぁあ!!」
「てめぇ、納野! しらばっくれるのもいい加減にしやがれ!」
 素晴らしい怒声が、等級バンズ喫茶部の空気を一瞬にして凍らせた。いや、それ以前に既にして島の歌がこのフロアの空気を氷点下まで下げてはいたが。
 どこから取り出したのか、島の手に携帯用の白熱電気スタンドが握られている。その眩い光に眼を射られた納野は、手を額の僅か下にかざし、顔を背けた。顔色は蒼白を通り越し紫色に染まって歪んでいる。
「なあ、納野。こっちにはまだ奥の手が残ってるんだ。さっさと正直に吐いちまった方が、お互い楽じゃねぇか。な」
 別人のように優しくなった声音に、納野は訝しげな顔をした。
「奥の手って、なんですか?」
「うん、ほら丁度来たとこだ」
 納野の背後で、白い三角巾を着けた女の子が、天使のような笑顔でお盆を持って立っていた。肩越しに振り向いた体が小刻みに震えだした。
「ありがとうよ、お姉さん」
「はい、ここに置いておきますね。他にご注文はございませんか?」
「ああ、これでいいよ。ありがとう」
 女の子がお盆の上の丼を、島の前にコトリと置く。その僅かな音に、納野の体がビクンと飛び上がった。
「ま、まさか、まさかその丼は…」
「そのまさかだよ。俺は今からあるセリフを言うんだ。それを聞いたら、あんたは…」
「やっ、止めろ! 止めてくれ! いぃっ、言うなぁ、その言葉だけは」
 だが、今の島に“容赦”という語彙はなかった。「言うぞぉ、言っちゃうぞぉ…」
 納野はうわ言のように呟きはじめた。「止めろ…。止めろ!」
「なあ、カツ丼でも喰うか?」
 その瞬間、ついに敵は落ちた。
「うわぁぁああ! 刑事さん、何でもお話します。許してくださいぃい!」

【今回の登場人物紹介】
島 奥作(しまおくそく)=デカ長。この物語の主人公。顔が怖い。
納野マネジャー(なんのマネジャー)=等級バンズのマネジャー。

【今回の秘密兵器】
カツ丼=刑事に勧められた途端、誰しも素直になってしまう秘密兵器。


posted by プアマリナ at 21:19| 沖縄 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | デカ長:島 奥作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なるほど、白熱電気スタンドはカツ丼の伏線だったんですな。この二つが揃えば、後はちょとばかりの恫喝と暴力と・・
落し役の登場とどんな名前になるのかが今から楽しみです。(^^

そうそう続き、肝心なところが飲み屋の横丁に落ちてましたよ。(ぺたん。)ここに貼っておきます。
難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、懸權而動、
Posted by そお風 at 2005年01月11日 02:14
そお風さん、どうもです。
第九話辺りで、遂に“TooMy玩具(トゥマイがんぐ)”が登場するかと(^_^;)

>飲み屋の横丁
考えてみると四文字熟語じゃないですよねぇ(^_^;)
ま、ご先祖様(北畠顕家卿)の旗印なんで、「風・林・火・山・陰・雷震」ということで(って何のこっちゃ?)。
Posted by プアマリナ at 2005年01月11日 10:40
灰皿の登場きぼーん
Posted by cave at 2005年01月12日 04:39
>灰皿の登場きぼーん

漏れのかつて働いた部署では、椅子も部屋の中で飛んだ(w
て、匿名掲示板みたいやん。
Posted by そお風 at 2005年01月12日 14:49
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