2006年01月18日

私の好きだった水族館

もう二十数年も前の話です。私が子供の頃、よく行っていた水族館がありました。
水族館と言っても、イルカが飛んだり、ラッコの餌付けがされていたり、その歳の干支にちなんだ珍しい生き物のイベント展示がされていたり、映画やアニメ等で“子供たちの人気者”にされた生き物がいたり、目を見張るような大型水槽があったり、遊園地やゲームセンターや土産物屋が併設されていたりするものではなく、単に薄暗い室内に、そこら辺に普通にいる様な淡水の生き物が、そこら辺で普通に売ってる様な水槽に入れられているだけのものでした。

水道局だったかの試験センターみたいな施設内の、そのまた一角に、ほとんど地元の人間にさえ知られず、ひっそりと存在していた水族館。
係員の人が親切に生き物について説明してくれることもなく、愛想もくそもないオジサンが、入場料の100円(当時の子供にとっては安い金ではないです)を受け取るだけ。
それでも、私はそこが大好きでした。
水族館に何がいたか、もうほとんど忘れてしまっていますが、フナとかコイとかタナゴとか、他にショックンとか、ザリガニとか、ライギョやナマズもいたはずです。

その水族館の何が好きだったのかというと、実は、水族館の“そこら辺にいる様な生き物”が、本当に、そこら辺にいたんです。ザリガニやカメやメダカなどが採れる池や、カエルや雑魚のたくさんいる用水路や、田んぼや川などが、その水族館の近くにあったんです。
私や友人は、まず水族館へ行き、そこの水槽を眺め、「おう! ライギョかっこええなぁ。捕まえたいなぁ」とか「このザリより、もっとでっかい真っ赤なん採ろうぜ」などとモチベーションを上げてから、生き物をつかまえに行ったのです。
当時は今のように何でも手に入るわけではなく、もちろん“初心者用飼育セット”なるものもなく、味も素っ気もない四角い水槽やプラケースなどに、そこら辺にいる生き物を入れて飼っているだけでしたが、私はとても幸せでした。

最近では、当時の私が目を輝かして憧れたような珍しい外国産の生き物でも、(金さえあれば)簡単に飼えるようになりました。
そんな恵まれた環境にいる、今の子供たちに、私の感じた幸せが通じるのかどうかは解りません。それどころか、「ええ? つかまえに行くの? 面倒くさぁ」と言われる恐れさえあります。
それでも、私は、私の好きだった水族館と同じものを、つまり施設としての水族館ではなく、生き物と触れあう切っ掛けになる様な、生き物好きの梁山泊になりえる様な、心の拠所としての水族館を作ってみたいのですよね。
posted by プアマリナ at 14:53| 沖縄 ☔| Comment(16) | TrackBack(1) | 海水魚飼育とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私にとっては琵琶湖文化館の1階にあった水族館がそうでした。
琵琶湖の上に立っているのに、展示してあるのはほとんどが琵琶湖の魚(笑)。
入場料もやっぱり100円くらいだったのではないでしょうか。
日頃釣り親しんだ魚も、きちんと水槽で展示されると、ちょっと偉そうに見えたりしてね・・。
大好きな場所でした。

そういえば館内の大池にいた数百匹の巨大な鯉たち。
取り壊された後、草津市の琵琶湖博物館に移されると聞いたのですが、琵琶湖博物館のどこにも見当たりませんでした。
どこへいったんでしょうかね?
Posted by 波風 at 2006年01月18日 22:29
>単に薄暗い室内に、そこら辺に普通にいる様な淡水の生き物が、そこら辺で普通に売ってる様な水槽に入れられているだけのものでした。

う〜ん、さすがに東京ではそこまでこだわりのある水族館はなかったですね(笑)

私の場合は、たまたま親父が生き物好きで、子供の頃から鳥や魚とかに接する機会があったし、近所に池があってザリガニとかを採ったりする機会があったりしたものですから。家では、たまたま海水魚を飼っていて、当時飼育技術の未熟さから綺麗な魚を買ってきては死なせていましたから、私自身「綺麗な魚は早死に」といった考えがいまだに頭の中にこびりついているので、地味な生き物に関心が行くのかもしれません。

でも、結局ですね、私たちの子供の頃の楽しみって今のようにゲームがあるわけじゃないし、ブランドの子供服を着るわけでもないし、自転車だってマウンテンバイクなんてかっこいいのは金持ちの乗り物ですわ。そんな時代の楽しみって、生き物を捕まえて飼う事だったんですよ。もちろん空き地も多かったから野球とかもしてたけど、生き物を採ってきて友達に見せびらかすことが、どの子供も当たり前にやっていたことなんですよ。その生き物は、当然そこいらにいる生き物ですから地味ですよ。でも、あの当時はそれで十分楽しかったし、それしか楽しみはなかったんですよね。

今の子供は、プレステとか他に遊ぶ選択肢がありますから、飼育に対して我々と同じ感覚を持つことは難しいかもしれません。でも、自分以外のものに対する接し方が、今の子供は本当に下手だと思うんです。だから、飼育を通じて自分以外のものにやさしくなる、そんな糸口になる場所があるといいなあ、と思います。水族館を見て「あんな生き物を飼ってみたいなあ」と思ったら意外と近くにいた、なんて感じで捕まえて飼育できたら、たぶんその子は育てることに幸せを感じる子供になるんじゃないかなあ。そういう子が増えれば家庭内暴力とか減ると思うんですけどねえ。
Posted by 車海老 at 2006年01月19日 02:34
実際、こういう水族館ってのは売上なんて上がりませんからね、公営だから出来たという部分があります。でも昨今はどこも予算難で…。
結局、この水族館も随分前に閉鎖しましたしね。
公共がやっても立ち行かない水族館を、私の様な貧乏な個人が「やるやる!」言うても、実現性薄いんでしょうね。
ただ、ホントに、これからの子供たちの“心の教育”というのは、絶対に必要になってきますから、今のうちにこのプアマリナを「買う」という徳の高い資産家は現れないものかと(^_^;)
今なら安く買われてやるんですけどね(~_~;)
Posted by プアマリナ at 2006年01月19日 15:30
こんばんは。私が子供だった時代は”水族館”という名前を聞いたことすらありませんでした。
でも、村で、鯉を飼っているお宅が何軒かあって、何人かの友達をそれを見て回ったものでした♪
Posted by まお at 2006年01月20日 23:58
マオさん、こんにちは。
子供の頃の私の近所では、鯉を飼ってる人は特殊自由業の方で、恐くて近寄れなかったです(T*T)

国内で老舗の水族館といえば、関西の雄、須磨海浜水族園なのですが、あそこも綺麗になりましてね。私は昔の方が好きでした(^_^;)
最近は、どこも水族館流行りの様で。その理由は動物園よりもコストが安く付くからだそうで。それにしたって相当な金額(や生き物)が無駄に消費されているんで、小規模でも心を大事にする施設が一つぐらいあっても良いだろうと思うんですよね。
役所や、役所のぶら下がり遊興施設というのは、何考えてるのかよく解らないです(~_~;)
Posted by プアマリナ at 2006年01月24日 13:01
補足です(^_^;)
現状の水族館に心がないと言っているのではないです。
ただ、公共施設でも採算度外視しては稟議通せないので、どうしても“心の教育”の部分が疎かになる。
その上、蓋あけてみると赤字の垂れ流しのとこも多いので、いっそのこと最初ッから「赤字覚悟で心の教育機関と位置づける」とやっても良いのではないかと(^_^;)
Posted by プアマリナ at 2006年01月24日 13:06
プアマリナさん、こんばんは。

>鯉を飼ってる人は特殊自由業の方で、恐くて近寄れなかったです

そうなんですか。そういえば、三年前に父親の納骨に久しぶりに故郷に帰ったのですが、どの家もメダカを飼うのが流行っていました。前にこちらでメダカのことが話題になったことがありますね。あの赤い色のメダカです。・・・この話題、本題と大分ずれていますね。スミマセン。

>相当な金額(や生き物)が無駄に消費されているんで、小規模でも心を大事にする施設が一つぐらいあっても良いだろうと思うんですよね。

このこと、とてもよくわかります。動物園も、”情操教育”と謳いながら、動物の習性や心に重きをおいた飼い方をしてなかったですよね。(今は大分かわってきているようですが。)
小学六年の時、修学旅行で、生まれてはじめて動物園に行ったのですが、狭い檻に閉じ込められている動物を見て、おいおい泣いたものでした。可哀想でならなかったです。先生にはわからなかったようで、私は手がかかると叱られましたが。
プアマリナさんの水族館と生き物に寄せる気持ちに胸がいっぱいになります。

Posted by まお at 2006年01月24日 23:42
マオさん、ありがとうございます。
動物園や水族館の是非については、難しい問題ですけど、見る側にも問題がありますね。
レッサーパンダが立ったとか、イルカが輪っか出したとか、ホリエモンが捕まったとか(ってのは別の問題か)騒ぎすぎ(^_^;) 騒ぐのは良いけど忘れ去るのも早すぎ(~_~;)
まったくエンターテインメント性がないというのも、何のためにやってるのか解らないので意味ないですけど、少なくとも見る側は、もう少し他のところに興味を持ちたいですよね。
エンリッチメントという言葉はご存知ですか? シアトルのウッドランドパーク・ズーでの試みなんですけど…。
ググッたら出て来ました。またもや「宇宙船地球号」ネタですみません(^_^;)
http://www.tv-asahi.co.jp/earth/midokoro/2005/20051023/
Posted by プアマリナ at 2006年01月25日 11:29
久々に他所様のサイトまで出掛ける余裕が出来た放蕩息子です(^_^;;。

私の子供の頃の思い出の水族館というと、圧倒的に東海大学の海洋科学博物館ですね。1970年オープンで、そもそも水中土木などの実験にも使用される目的で作られた大水槽(タテヨコ10m、深さ6m)は、当時、確か「東洋一の大水槽」と言われていたはず。
小学校の遠足でも行ったし、夏休みのサマースクールにも参加したし、女の子との初デートのもそこだったし(^_^;;、私が海を好きになったのは、別に海の近くで生まれ育ったからではなくて、この水族館があったからこそでした。(“放蕩息子”のルーツ?笑)
流石にオープンから35年も経って、今時の水族館とは比較にならないですが、今でも私が一番好きな水族館であることには変わりないです(笑)。

ところで、今年、既に2ヶ所、「よしもと面白水族館」と「マリンワールド海の中道」を見て来たのですが、どちらも「良く工夫しているなあ。」と思う一方で、どうにも「面白くない。」
なぜ面白くないのか、自分自身でも良く分からない部分があったのですが、「エンリッチメント」という言葉を読んで、ハタと思い当たりました。つまり、どちらの水族館も色々な展示の工夫はしているものの、それがどうにも「人間様のご都合主義」で、その生物が本来棲息しているはずの自然環境が見えて来なかったんですね。

とは言え、別にどちらの水族館も、海の生き物をただ展示してあるというだけではないんですよ。そこから一歩踏み込んで、生物の説明や、その特徴の解説のための展示を工夫してはいるのです(「よしもと」も。笑)。

だけど展示されているのはその生体の「特徴」でしかなくて「生態」ではない。「特徴」を分かりやすく展示するために、却って、個々の生物は実験室のような環境に入れられて、「この魚ってこんな海の中を泳いでいるんだろうな…。」というイマジネーションを広げることが出来なくなっているのです。だから、水族館にいるのに気持ちが良くないんですよね。自分自身が海の生き物になったような、うっとりした気分が味わえないのです。

そうではなくて、いわゆる「生態展示」の延長として、これからの水族館の役割としては、飼育生体個々の「生態」を見せて行くことはもちろん、その生体が本来棲息している「自然環境」までも再現(場合によっては“保存”かも(^_^;;)していくことが求められるんじゃないでしょうか。そうした自然環境が失われていくだけになおさら、そういうアプローチが必要な気がしますね。

その点で最近見た水族館の中では、「名古屋港水族館」と、意外にも(?笑)「鴨川シーワールド」が健闘していたかな。
それから、「名古屋港」でも水族館の目の前の海で「海辺の生物観察会」みたいなイベントをしていましたし、わが「東海大学」(笑)では毎年夏に小学生対象に、水族館裏の浜で地曳網をして魚を捕まえ、簡単な底面濾過の水槽をセッティングさせて飼わせる(と言っても1泊2日の間だけですが(^_^;;)という内容のサマースクールを開催しています。(30数年前に私が参加し、来年にはウチの子供にも参加させる予定。笑)
こういう活動、大切なんじゃないですかね。(もちろんプアさんの「移動水族館」も同じ流れですが。)

プアさんも
>生き物と触れあう切っ掛けになる様な
と書かれていますが、水族館が珍しい自然の生き物を街なかに拉致してくるだけの“見世物小屋”になったのでは面白くなくて、是非、街なかの人間を自然の海や川に連れ出すような、そういう存在になって欲しいものです。
Posted by 放蕩息子 at 2006年01月25日 16:30
お、ちょうど続編書いてたら、ジャストタイミングで放蕩息子さんのコメントが(^_^;)
そうなんですよね。ちゃんと生き物と触れあう“心”の部分を大事にしている水族館も、たくさんあるんですよね。
鴨川シーワールドは、8年ぐらい前に行ったな…。真夏で、熱くて熱くて疲れたのを憶えています(~_~;)

ちょっと話がずれますが、「ええ!? ニモやドリーが、こんなに簡単に飼えるなんて!」(簡単じゃないっての(`O´))というノリじゃなくて、「ええ!? こんな小汚いエビやカニが、こんなに面白いなんて!」というノリを目指しますp(^^)q
Posted by プアマリナ at 2006年01月25日 17:13
いい情報をいただいて嬉しいです。
エンリッチメントということ、全く知りませんでした。よかった! 知って! 私のブログからも紹介しておこうと思います。ほんとにありがとうございます。
私は出不精のまま、素敵な情報にもふれず、自分の”怨念”ばっかり膨らませて暗くなってしまう傾向があってダメですね。(笑)
Posted by まお at 2006年01月26日 10:09
>生き物と触れあう“心”の部分を大事にしている水族館も、たくさんあるんですよね。

まあ「名古屋港」や「鴨川」、あるいは「東海大学」も、どこまで“心”を大切にしているのかと言うと、疑いはありますけどね(^_^;;。

ただ、特に「鴨川」については、「どうせイルカやシャチのショーを見せるだけの観光地の水族館だろう?」てな心構えで見に行ったので(^_^;;、展示部門の意外な充実(笑)に目を見張りました。「名古屋港」もそうなんですが、エンタテイメントの部分と研究・教育・啓蒙の部分と、バランスが良かったです。そして「生体展示」ではなく、「生態展示」に力を入れていた。「名古屋港」もそうですが、有能なプロデューサーの存在を感じました。「名古屋港」なんか「市民ボランティア」がタッチプールで子供の相手をしていたりして、その辺も好感度アップでしたね

>「ええ!? こんな小汚いエビやカニが、こんなに面白いなんて!」というノリ
良いですねぇ。

ただ、次のエントリー記事にも関連しますが、最近は「地元の海や川」にスポットを当てた展示に力を入れる水族館も増えて来たように感じています。嬉しいことです。
まあ、水族館側にしてみれば、他の水族館との差別化の必要から“地元重視”を打ち出しているのかもしれませんが、どこの水族館に行っても同じような「大水槽」と「南の海」では、見に行く価値がないですからね。「そこら辺に普通にいる」「こんな小汚いエビやカニ」が、実はすごく面白いということを改めて発見できるというのは、子供にとっても大人にとっても、とても幸福なことなんじゃないでしょうか。
Posted by 放蕩息子 at 2006年01月26日 13:56
こんばんは!早いもので1月も気が付けば後半になっていますねぇ。
我が家は、昨年末より主人の入院,OP、、。
男性更年期障害、群発頭痛、癌 と闇の中状態の暮らしです。動物達も数頭里子に出しました。
人間同様愛情を求める生き物を複数飼う事の難しさ、経済的な事、精神面のもろさ・・。
他人勝手な非難、中傷もありました。
改めて人間は勝手な生き物です。
動物愛護の意味のはき違いの方達???
熱しやすく冷めやすい方、活字やメディアに心騙されていませんか?
物事を再度冷静に考えていますか?

”エンリッチ”御塩ではありません。(笑)
かなり以前から言われていました。
最近はこの流れが主流になりつつありますが
動物園でも一部の生き物が対象になっていますね。30年変わらない飼育小屋もあります。
国経営の動物園の考え方も公務員???
どちらにしろ野生動物は個人が飼うなぁ〜。って
感じです。しかしですね!!!サイテス1でも
国内に居てる個体や又その個体が国内で産れた個体には、あまり関心が薄いと言うか・・。
気をつけて規定範囲内で飼えるです。(一部を除く)
抜けているって言うか 真剣に考えて御国から頂いた答えがそれだから,,,.cyotto がっかり

最近は、爬虫類を飼うことが流行っているようですが、他人に迷惑をかけない様に管理を怠らずに命の尊さを子供から大人まで学んで頂きたいものです。生きるのは、何かを食べて生きるのです。
サバイバル。

人間は傷つけあって生きている。それは、傷つけ合いながら、なぐさめを求める。

昔、ワンバの森は、南のイロンゴの森を合わせて、「ルオ学術保護区」に指定され、鉄砲による猟が禁止され、○○○などの捕獲ができないとなっている。しかし、周辺に比べ豊富に森が残っているため、鉄砲や毒矢携えて森に入る密猟者がたえない。ジァポネは、彼らに反感を持たれてしまう。一番怖い動物は、敵意を持った人間なのである。マウンテンゴリラの研究をしていたダイアン・ホォッシーは、おそらくゴリラの密猟者とのトラブルが原因
だろう、殺されて首が切りとられた。
深い森の中で毒矢に襲われたら、それを防ぐ手だてはほとんどない。

重いお話になりましたが、一つの命を考えてみましょう。







Posted by りょう at 2006年01月27日 02:10
りょうさん、ご無沙汰です。
(別の番組ですけど)ゴリラ保護の話。私もアニマルプラネットか何かで見ました。
類人猿を食べると力になると信じている人たちに「ゴリラを喰うな」ということを理解してもらうのは、難しいですよね。それに森を切り開いて畑を作っている(貧しい)人たちにとっては、ゴリラは畑を荒らす害獣に過ぎませんし…。
番組は、その(近くに)ゴリラのいる村を観光名所か何かにして、村を経済的に潤しゴリラも保護しようとしているんだけど、なかなか上手くいかない…という様な内容だったと記憶しています。
保護に携わる方々の、苦労は並大抵ではないだろうし、その意識は崇高なものだと思います。でも、何も出来ていない私が言うのもおこがましいのですが、何となく違和感を持ちました。
全体的に(番組の味付けの所為かもしれませんが)「類人猿は人間にとても近い動物だから」という空気が流れていて、どうもそこが納得できなかったんです。何と言いましょう。欧米人特有の傲慢さ等と言えば言い過ぎですが…。人間を他の生き物よりも一段高いところに置いて、その視線からゴリラを保護しようとしている様な。更に言う過ぎですが、欧米人をアフリカ人より一段高いところに置いている様な感じを受けなくもなかったです。
私は捻くれてるのかな(~_~;)
人間もゴリラも他の猿も、その他いろいろな生き物も、地球という奇跡のような生態系を構成する一員として貴重な存在なんだ。だから無駄に消費するのは止めよう。あまつさえゴリラは絶滅しかけているんだ。
これではダメなんですかね。と言っても、そのことを現地の人に理解してもらうのは、更に難しいかもしれませんけど(^_^;)
ちなみに、私の言ってることは、「人間一人の命とゴキブリ一匹の命は等しい」などという思想とは全く違いますので(^_^;)
Posted by プアマリナ at 2006年01月27日 12:09
こんにちは!
「人間一人の命とゴキブリ一匹の命は等しい」
そんな思想は、全くありません。
嫌いな物は嫌いだし〜。
見つけしだい退治します。
鬼の様に。 ”鬼は〜外。福は〜家 かなぁ!(笑い)

有害ゲーム育ちの大人になれない子供、子離れできない過干渉な親、、、、。

パソコンが普及し、簡単にいろいろと検索でき情報がある程度解る世になったけど、”本物”
は、遠い存在になり、バーチャルばかり多くなった。「動物実験」とか、何か解らないサイトを
紹介してくるけど、今時、身を切り開く様な実験なんて無いに等しいし。あんなのん見て研究者などに非難し、実験室などに忍び込み訳わからないままの生き物を逃がそうとするヤカラもいる。
自分の行ってる事は正しい、生き物に自由を〜。
なんて考えているのかな?

実験動物に限らず、人間の手で育った生き物は
人の手なしでは生きていけないのがほとんどだ。

一見野生に帰った というが、それは、間違いだらけ。

良い人を演じているのも必ず裏がある。
騙されるな!!!

改心したなら、黙って前をむけ。他人を傷つけるな!

豊かな感性を磨こうよ。
優しさは、消して良いだけの結果ではない。







Posted by りょう at 2006年02月02日 15:27
いかに非の打ち所のない正義だったとしても、行い方が姦悪では全く不実ですよね。しかも往々にして振りかざしているのは、非の打ち所がないどころか、自分だけの狭量な正義だったりするし…。
武威は徳を穢します。徳のない武威は救いようがありません(~_~;)

>バーチャルばかり多くなった
バーチャルペット飼うのはまだ許せますけど、生き物をキャラクター商品化するのは、最早許せません(-_-#)
それはハーミー君ではなくて、オカヤドカリという殺したら死ぬ生き物だ(`O´)
Posted by プアマリナ at 2006年02月02日 17:32
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私の好きな水族園
Excerpt: 既存施設の悪口を言っていてもしょうがないので、私の知ってる“そこら辺の生き物”が展示されている水族館の私感などを紹介しておきます(^_^;) 大阪府高槻市の「アクアピア芥川」 摂津峡の近くです。展示..
Weblog: プアっすプアっすWeblog
Tracked: 2006-01-25 17:00
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